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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)58号 判決

主文

特許庁が平成二年審判第一六七七四号事件について平成五年一二月二一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用発明1及び2の各記載内容、本願発明と引用発明1との間の一致点及び相違点、引用発明2が、本願発明の規定方法によるならば、Nを自然数とし、αを0.5とする値を論理的な最適値とし、αを略0.3ないし0.7とする値を許容範囲とするものであることについても、当事者間に争いがない。

第二  本願発明の概要について

成立に争いのない甲第二号証(本願公報)によれば、本願発明の概要は以下のとおりであることが認められる。

一  本願発明は、合成樹脂基材にフレネルレンズとレンチキュラーレンズとを形成した、プロジェクションテレビ用背面投影スクリーンに関し、モアレ現象を著しく軽減させ、ほとんど目立たなくさせた上記スクリーンを提供しようとするものである(一欄一四行ないし一九行)。

二  プロジェクションテレビに搭載する背面投影式のスクリーンとしては、フレネルレンズ面を持ったもの、レンチキュラーレンズ面を持ったもの、あるいは両者を備えたものが知られている。フレネルレンズは、特にスクリーン周辺部の明るさを維持し、均一な明るさを発揮するために寄与し、また、レンチキュラーレンズは、左右方向の指向性を付与する効果があるため、両者を組み合わせることが有利であるとされている。

しかし、フレネルレンズ面とレンチキュラーレンズ面とを近接した状態で用いると、モアレ現象が生じ、観察する映像に悪い影響を及ぼす。

このモアレ現象は、フレネルレンズとレンチキュラーレンズとを微少角で交わらせたときの、その中心部の左右に現れるが、この現象は、フレネルレンズとレンチキュラーレンズが、それぞれ、レンズの幅に合わせて明暗を生じさせる等のためであり、単独のレンズでは識別できなくとも、両者を組み合わせることにより、肉眼で識別できるようになる。特に、本願発明のように、合成樹脂基材を用いたときには、モアレの発生は、フレネルレンズとレンチキュラーレンズのレンズ幅の比による明暗の比が、その支配的要因となることが確認されている(一欄二〇行ないし三欄九行)。

三  モアレ現象を軽減させる方法としては、一つには、フレネルレンズとレンチキュラーレンズとの間に空気層を介在させること等が考えられるが、第一義的にはレンズの幅の比を規制することが重要であり、これに加えて、更にモアレ現象を軽減させる手段を施すことが望ましい(三欄一〇行ないし一六行)。

そのため、原告は、レンチキュラーレンズとフレネルレンズとのレンズ幅の比を1:1.35~1.43(あるいは1/1.43~1/1.35)の範囲とし、これに光拡散手段を施してなる背面投影スクリーンについて、既に提案(昭和五六年特許願第七七七三六号・先願発明)しているが、更に検討したところ、1:約2.4、1:約3.4、1:約4.4…の如く、1:約2.4以上の箇所にも好ましい領域があることが判明した(三欄一七行ないし二六行)。

四  そこで、本願発明は、上記一のとおり、モアレ現象を著しく軽減させ、ほとんど目立たなくさせた上記スクリーンを提供することを目的として、更に要旨記載の構成を採用したものである(三欄二七行ないし三八行)。

五  本願発明について説明するならば、別紙(1)図面中のA、B、Cは光拡散手段を示す(なお、Aは基材への拡散剤の混入、Bは微細な凹凸面の形成、Cは拡散剤混入層の形成である。)。

上記スクリーンにおいて、フレネルレンズ1とレンチキュラーレンズ2とのレンズ幅の比を1:1とすると、モアレ現象が激しく発生する。

また、昭和五六年特許出願公開第五二九八五号公報(甲第五号証)に示されているとおり、1エレメントのピッチ比を1.5又は、1/1.5としたものは、ピッチ比1のものに比べて、モアレ現象はある程度改善されるものの、未だかなり強いモアレ現象を発生させる。

これに対し、ピッチ比を1:2.5、1:3.5、1:4.5のような比にすることが考えられるが、これではそのほとんどについて1:1となる部分ができてしまい、結局モアレは軽減しない。

このように、モアレ現象が軽減していないスクリーンに光拡散手段を施しても、モアレ現象を抑えることはできず、透過光量の低下又は解像力の低下等の欠点を伴う。

本願発明は、このような現象について多くの実験を行い、その結果から、経験的に、ピッチ比の幅を要旨記載のとおり見出だしたものである(四欄二八行ないし五欄四行)。

六  本願発明に係る上記スクリーンにおいては、モアレ現象の発生を著しく軽減させるという作用効果を奏するとともに、施す光拡散手段の程度を軽くすることができることによる作用効果、すなわち、拡散剤の混入量を低下させても透過光量を低下させないという作用効果及び画面における微細な凹凸面の形成を、画面のコントラストをあまり低下させない程度に軽くすることができるという作用効果等を奏し、更には、上記スクリーンを、従来の方法と同様な設備、方法で入手することができるという作用効果等を奏する(九欄二八行ないし三一行、一〇欄一三行ないし二一行)。

第三  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

一(1) まず、引用発明2の審決における記載内容については、前記第一のとおり当事者間に争いがないが、更に、成立に争いのない甲第四号証(引用例2)によると、引用例2においては、引用発明2について、次のとおり記載されていることが認められる。

ア 「画像をこのようなスクリーンに投影すると、スクリーンの明滅にはむらができる。Fig.3に示すように、並行入射光線10のビームは、屈折して、発散光線11及び虚像12を形成するので、直線状の溝からなるラスターには、暗い線と明るい線が交互に現れる。溝は直線なので、この像には狭い帯が現れ、この帯と帯との間は暗くなる。

また、フレネル画には、一つのリブからもう一つのリブへと変わるところの不活性部分による暗い線が現れる。」(二欄一二行ないし二三行)

イ 「出願人は、直線ラスターが環状ラスター(略)と一致する場合には、画像に特異な点が生じることを見出だした。この特異点は、はっきりとした模様、いわゆるモアレ模様を示し、互いの間隔が、環状ラスター又は線状ラスターの間隔よりもずっと広い線で形成される。

Fig.4は、これらのモアレ線がいかにして形成されるかを示している。暗いまっすぐな平行線13(これらのうちの三本だけを示す。)を有するラスターが、こちらも数本のみを示した等間隔の暗い環状の線14のラスターと一致するものと仮定する。これらの暗い線が交差する点では、暗点(dark point)もしくはパッチ(斑点)15が観測される。」(二欄三七行ないし五四行)

ウ 「線と線の間隔が相対的に小さいので最初のラスターは目では認識できないが、目は無意識のうちに暗点を線状に配列し、この線の間隔が十分に広いので不快感を覚える。図には、これらの線のうち三本を例示し、これらを符号16で示してある。図からはっきりと分かるように、これらの線16の相対的な間隔は、最初のラスター線の間隔よりも相当に広く、更に、この間隔は、一つのラスターの直線が環状のラスターの円に接する部分、すなわちX軸の近傍において最大となっている。中心からかなりの距離のところでは、モアレ模様は最も煩わしい。というのは、かなりの距離のところまで延びる円環は、直線に対してかなり並行に近づき、そして、フレネルレンズのへりの部分では、光の損失が最大となるからである。」(二欄五五行ないし三欄一七行)

エ 「本発明は、等間隔の円の間隔と、等間隔の直線の間隔との比を明確に選択することによって、煩わしいモアレ模様の発生を回避できるという認識に基づくものである。ここでは、この比のことをaという数で表す。」(三欄一八行ないし二三行)

オ 「煩わしいモアレ模様の発生を回避できるような比aを計算する前に、まず、このような模様を形成するような線の性質について調べる」と、aの変化により、「楕円の形状」(Fig.8)又は「双曲線の集合」(Fig.10)、「放物線の集合」(Fig.6)を示す(三欄五一行ないし六欄一三行)。

カ 「分類曲線も規則的で、かつ、その間隔が目の解像力を超えるように互いに近接した配置となっていれば、モアレ模様は気にならない。しかし、分類曲線の間隔が広がれば、それだけにこのモアレ模様が煩わしくなる。特に、円の接線がほぼ直線のラスターの線と平行になる部分、すなわちX軸近傍では、このことは顕著となる。」(六欄四二行ないし五一行)

キ 「現れる模様が煩わしくなくなるaの値は、この場合には、楕円状の分類曲線上の交点が、双曲線状の分類曲線のものと同じようにほぼ等間隔で離間するよう考慮することによって計算される。このような条件は、特にモアレ模様が常に最も目立つX軸に近い点及び起点から遠い点において満たされなければならない。Fig.15は、X軸上の点Pを共通に持つ楕円状の分類曲線17(「16」の誤りと認められる。)、双曲線状の分類曲線18(「17」の誤りと認められる。)を示している。これらの曲線上で隣接している点をQ及びRで示す。

この場合、aの最適な値は、PQ=PRを満たすものである。更に、実験により、この値から逸脱する場合にどのように逸脱することが実用上可能であるかを見出だした。」(六欄五二行ないし六八行)

ク 「a<1である最初の場合には、(略)理論的な最適比amは

am=2/2i+1 i=1、2、3…

すなわち、

am=2/3、2/5、2/7…

となる。

a>1の場合には、(略)理論的な最適比amは、

am=2i+1/2 i=1、2、3…

すなわち、

am=3/2、5/2、7/2…

となる。」(七欄一一行ないし八欄一七行)

ケ 「しかしながら、このような最適比からわずかに逸脱しても、直ちにモアレ模様が生じるものでないことは明らかである。実験により、楕円及び双曲線上の交点と交点の間の位置で上記の比から逸脱する場合には、

2/3<PR/PQ<3/2

であるならば、モアレ模様を十分に回避できることが分かった。

しかしながら、これらの比の選択をする場合には、大抵大きな自由度があるので、この逸脱が小さくなるようにうまく選ぶことができ、

3/4<PR/PQ<4/3 (21)

とすることができる。

(略)、したがって、a<1であれば、比aをa’=1.45/1+1.45iと、a’’=3.25/1+3.25iの間で選択できる。

一方、(略)a>1であれば、この比は

a’=1+3.25i/3.25と、α’’=1+1.45i/1.45の間の値とすべきである。

このような条件を満たすaの主な値を次の表に示す。

0.21-0.232

0.27-0.31

0.37-0.43

0.59-0.76

1.3-1.7

2.3-2.7

3.3-3.7

4.3-4.7

しかしながら、比a値は(21)式において述べたように、より狭い範囲内で選ぶのが望ましく、a<1であれば、(21)式及び(15)式からは、この場合のaは、

a’=1.56/1+1.56iと、a’’=2.8/1+2.8iの間に、また、a>1であれば、

a’=1+2.8i/2.8と、a’’=1+1.56i/1.56の範囲になければならないことが導かれる。

このような条件から導かれるaの値は、次の範囲内にある。

0.215-0.226

0.28-0.3

0.38-0.42

0.61-0.74

1.36-1.64

2.36-2.64

3.36-3.64

4.36-4.64」(八欄一八行ないし九欄一〇行)

(2) 以上によれば、引用発明2が対象とするモアレとは、スクリーン等の画像投影面において、画面上に設けられた等間隔の直線状の溝と等間隔の環状の溝(フレネルレンズ)とが交差することにより生じる、光線の暗点の配列による模様を意味するものであり、本願発明において発生の防止を目的とするモアレと同一のものと解される。

そして、引用発明2は、上記のモアレ模様を、等間隔の環状の溝と、等間隔の直線状の溝との間における間隔の比を選択することにより回避するものであり、更に、その比については、最適値を理論上の計算により上記(1)クのとおり求め、その最適値から逸脱した場合においても、モアレ模様による障害を回避するための許容範囲を、実験により上記(1)ケの数値に定めたものと認められる(なお、引用発明2における、本願発明の両レンズに相当する直線状の溝とフレネルレンズの幅の比を、本願発明と同様の方法を用いて示すならば、Nが自然数、αの最適値が0.5、許容範囲が略0.3ないし0.7となるものであることは、前記第一のとおり当事者間に争いがなく、また、上記(1)の記載からも明らかである。)。

二  そこで、本願発明と、前記一のとおりの引用発明2とを対比、検討するならば、本願発明における両レンズの幅の比の範囲は、Nを2以上の自然数とし、αを0.35ないし0.43とするものであり、他方、引用発明2においては、上記のとおり、Nを自然数とし、αの許容範囲を0.3ないし0.7とするものであるから、本願発明のレンズ幅の比の数値範囲は、引用発明2の「最適値」から外れるものとはいえ、同発明の、直線状の溝とレンズ幅の比の数値範囲に含まれることになる。

そうすると、引用発明2から、本願発明の、引用発明1との相違点に係る構成を得ること自体については、格別の技術的な困難があるものとは認め難いところである。

三  しかしながら、このような場合であっても、本願発明が、その数値範囲において、引用発明にはない顕著な作用効果であって、かつ、当業者にとって引用発明1に引用発明2を適用しても、そのような作用効果を奏することとは想い到らないと認められる作用効果を奏するものと認められるならば、本願発明は、引用発明1及び2から予測し難い作用効果を奏するものとして、本願発明の進歩性を認めることができるというべきである。

そこで、更に、本願発明の作用効果の顕著性について検討するに、

(1) 成立に争いのない甲第一四号証(写真(A)ないし(C)についての平成七年一二月八日付け撮影報告書)及び第一六号証(写真(D)ないし(F)についての平成八年五月二八日付け撮影報告書)によると、同号証においては、レンチキュラーレンズとフレネルレンズのピッチ比の相違による背面投影スクリーン上でのモアレ現象の違いを示す写真が添付されているが、その写真内容及び各撮影の際のレンチキュラーレンズのピッチ、フレネルレンズのピッチ、両レンズのピッチ比については、別紙(4)のとおりであることが認められる。

したがって、各写真に撮影された各画面におけるレンズのピッチ比及びαの値は、下記のとおりである。

写真 ピッチ比 α

(A) 6.429 0.429

(B) 5.515 0.515

(C) 5.846 0.846

(D) 5.301 0.301

(E) 6.361 0.361

(F) 5.400 0.400

(2)ア 以上によれば、

別紙(4)の写真(D)(以下「(D)」という。他の写真についても同じ。)は、引用発明2における許容範囲の下限値付近(本願発明に係る数値の下限値以下)、

(E)は、本願発明に係る数値の下限値付近、

(F)は、本願発明に係る数値の中央値付近、

(A)は、本願発明に係る数値の上限値付近、

(B)は、引用発明2における最適値(α=0.5付近)

(C)は、引用発明2における許容範囲の上限値を超えるもの

であることが明らかである。

イ  そして、上記各写真におけるモアレの発生状況をみるならば、(A)ないし(C)と、(D)ないし(F)との間において、フィルムの焼付け状態により多少の違いが出ていることが窺えるものの、

(C)においては、「(((」形状のモアレが強く、それを明瞭に観察できる。

(B)においては、「)))」形状と「(((」形状の強いモアレは確認できないが、上記両モアレの頂点が出会う付近に、横方向に広がる帯状のモアレが観察できる。

(A)においては、「)))」形状のごく薄いモアレが観察できるが、(B)における横方向に広がる帯状のモアレは観察できない。

(E)、(F)においては、(B)における横方向に広がる帯状のモアレを含め、モアレは観察できない。

(D)においては、「)))」形状のモアレがかなり明瞭に観察できる。

ウ  以上のとおり、本願発明のαの数値範囲(0.35ないし0.43)内にある(A)(E)(F)においては、モアレがごく薄いか又は確認できない程度のものであるのに対し、本願発明のαの下限値以下であり、引用発明2の許容範囲の下限値付近である(D)においては、モアレが明瞭に観察され、また、引用発明2の最適値(α=0.5)付近である(B)においては、(C)又は(D)と異なる形状のモアレが観察されるものである。

(3) また、以上のような各写真の観察結果からみるならば、本願発明のαの数値範囲の下限値は、「)))」形状のモアレを回避するために定められた数値であり、他方、その上限値は、「横方向に広がる帯状のモアレ」を回避するために定められた数値であると考えられる。

(4)ア ところで、前記1(1)における引用発明2についての記載内容からみるならば、スクリーンに設けた直線状の溝と環状の溝とが交差することにより生じるモアレは、ピッチ比(α値)の変化により、楕円状(「)))」の形状)、双曲線状(「(((」の形状)、放射線状の各形態を順次示すものであることから、引用発明2においては、そのうち、楕円状のモアレと双曲線状のモアレがともに生じるときに、その両方を目立たなくするピッチ比を採用することにより、モアレを回避できるものとして、そのためのピッチ比を計算により求め、それを最適値としたものであること、また、それと合わせて、最適値を逸脱しても、モアレの発生を許容できる程度に抑えるピッチ比の範囲についても、実験により定めたものであることが認められる。

イ  ただし、上記「実験」については、前出甲第四号証(引用例2)中において、実験の際に用いられた数値、その場合のモアレの状態等、その具体的内容がまったく開示されていないため、それがいかなる精度のものであったかについては不明であるが、引用発明2についての前記一(1)ケの記載からみるならば、引用発明2のピッチ比としては、上記理論に合致する「最適値」を採用することが最も望ましく、したがって、上記実験による許容範囲の数値についても、「最適値」からの逸脱の程度は小さい方が好ましいとするものであることが明らかである。

ウ  以上のような引用発明2の技術内容からみるならば、引用発明2においては、回避すべきモアレとして直接対象にされているものは、「)))」の形状(楕円状)のモアレと、「(((」の形状(双曲線状)のモアレであり、(B)において観察された「横方向に広がる帯状のモアレ」(原告主張に係る「二次的モアレ」)については、その対象とされていなかったものと認めるのが相当である。

(5) そうすると、本願発明は、数値範囲の下限値をα=0.35と定めることにより、両レンズのピッチ比から生じる「)))」の形状のモアレを回避する点において、引用発明2と技術的思想を共通にするものであるが、そのことに加えて、α=0.43という上限値を定めることにより、α=0.5付近に発生する「横方向に広がる帯状のモアレ」という、引用発明2においては認識されていなかったモアレを回避する作用効果を有するものというべきことになる。

そうであれば、本願発明において限定された数値範囲は、引用発明2によって達成された作用効果を超える、異質な作用効果を奏するものといわざるをえない。

(6) また、成立に争いのない甲第五号証(昭和五六年特許出願公開第五二九八五号公報)によると、同公報には、「レンティキュラーレンズ7のピッチとフレネルレンズ6のピッチ比は1:1.5あるいは1.5:1程度にするとモアレが少なく、理想的である。」(二頁左上欄一八行ないし右上欄一行)と記載されていることが認められ、更に、成立に争いのない甲第六号証(昭和五九年特許出願公開第六九七四七号公報、昭和五七年一〇月一五日出願)によると、同公報には、「このようなモアレの解消のため、サーキュラーフレネルレンズのピッチとレンチキュラーレンズのピッチとが2:3になるようにするとモアレが少なくなることは従来経験的に知られており」(二頁右上欄一四行ないし一八行)と記載されていることが認められるところである。

これらの記載からみるならば、フレネルレンズとレンチキュラーレンズとの組合せにより生じるモアレを解消するためには、そのピッチ比をα=0.5とすることが最善であることは、本出願当時における当業者の技術常識であったものと認めることができる。

したがって、本出願当時において、あえて、α=0.5となるピッチ比を避けた数値範囲を設定することにより、両レンズによるモアレを回避するという作用効果を得ることは、上記のとおりの技術常識からみて、当業者において必ずしも予測できたこととは認め難いというべきである。

(7) 以上のとおり、本願発明は、その要旨のとおりの数値範囲を限定することにより、引用発明2の奏する作用効果とは異質の作用効果を奏するものであるとともに、その作用効果は、本出願当時、当業者において予測することができなかったものであるというべきである上、なお、引用発明1が、本願発明の上記作用効果を奏するものでないことはその技術内容に照らし明らかであるから、本願発明は、その構成により、引用発明1及び2から予測し難い顕著な作用効果を奏するものというべきである。

(8)ア これに対し、被告は、本願発明のように数値を限定するにあたっては、様々な試作や実験を行う必要があることは常識であり、これにより、当業者において、引用発明2に基づき本願発明のα値を想到することは容易になし得たことであると主張する。

しかしながら、前記のとおり、本出願当時における当業者の技術常識が、両レンズのピッチ比のα値を0.5とすることにあったものと認められる上、引用発明2においては、本願発明において対象とされた「横方向に広がる帯状のモアレ」について考慮が払われていないものと解される以上、当業者において、引用発明2に基づく試作、実験により、本願発明を容易に想到し得たものと認めることはできない。

イ  また、被告は、引用発明2においても、実験により、モアレの発生状態が観察された上で、その数値の範囲が決定されたはずであるから、その過程において、二次的モアレ(「横方向に広がる帯状のモアレ」)の発生を含めた判断がなされているはずであるとも主張する。

しかしながら、前記一(2)のとおり、引用発明2は、モアレを回避するための理論的な最適値を明らかにした上で、その最適値からの逸脱が許容される範囲を実験により示したものと解されるから、実験における許容範囲の基準は、最適値にあったものと認められる。そして、最適値とされたα=0.5のピッチ比を用いた場合においては、現に、前記(2)イのとおり、「横方向に広がる帯状のモアレ」が生じるものであるから、結局、引用発明2においては、これを障害になるものと認識せず、許容範囲の上限値として、α=0.5を超えた数値において発生する双曲線状(「(((」の形状)のモアレを避けるための数値を設定したものと考えざるを得ない。

したがって、被告の上記主張も失当というべきである。

ウ  なお、被告は、原告の主張する二次的モアレについては、本願明細書に記載されていないとも主張する。

前出甲第二号証によると、本願明細書には、本願発明は、原告主張の二次的モアレを解決することを目的とし、本願発明の要旨とする数値限定によってこれを達成したとの明示的な記載はない。しかしながら、前記第二、五のとおり、本願明細書においては、「特開昭五六-五二九八五号公報に示される如くフレネルレンズとレンチキュラーレンズの1エレメントのピッチ比を1.5または1/1.5としたものは、ピッチ比1のものに比べそのモアレ現象はある程度改善されるものの、未だ可成り強いモアレ現象が発生したものとなる。」(甲第二号証四欄三〇行ないし三六行)と記載された上で、その解決を目的として本願発明に至ったことが記載されていることが認められるところ、上記記載は、引用発明2において最適値とされ、当業者の技術常識とされてきたα=0.5としたのでは未だ解決できないかなり強いモアレ現象が発生するとの知見に基づき、これを解決することを本願発明の技術的課題としたものであることが明らかであり、本出願当時このモアレ現象が横方向に広がる帯状のモアレ現象であることまで解明されていたかは本願明細書の記載から明らかでないものの、少なくとも引用発明2では解決されていない別異のモアレ現象をも解決することをその目的とし、本願発明の要旨とする数値限定によりこれを達成したものであることは、当業者であれば本願明細書の記載から理解できるところであるから、原告主張の本願発明の奏する作用効果をもって本願明細書の記載に基づかないものとすることはできない。

四  以上によれば、本願発明は、引用発明1との相違点に係る構成により顕著な作用効果を奏するものであり、引用発明1及び2から容易に想到されたものとは認めることができないというべきである。

したがって、この点を否定した審決の判断は誤りであり、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れないものというべきである。

第四  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

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